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最近はAmazonプライムで自己啓発本などを読んでいた、例えばホリエモンの「多動力」やデイルドーテンの「仕事は楽しいかね?」だ。
この2冊から学んだのは、「日々変化すること」、「時間は有限であること」、「様々な視点を持つこと」、「オタクになること」、「自分がやりたいことをすぐにやること」、「変化することを恐れないこと」などである。
すぐに実行できることから、そうでないことなど様々であったが、私は「時間は有限であること」についてが強く印象に残った。翌日から私はホリエモンの教えを全うするかのように、メールやLINEなどには即レスを心がけ、スキマ時間に読書や情報収集などを行った。
最初の数日それらを実行したことによって、今まで感じていた謎の不安感の正体は、時間の無駄遣いによるものだと分かった。
だがしかし、1週間ほどそれを続けていたのだが、またすべてのやる気が低下しているのを実感した。テスト週間のせいかとも思ったがどうやらそうではないらしい。そもそもテスト勉強をしない自分からしたら、テスト週間だろうが日常だろうがなんら関係はない。ではなぜやる気が低減したのか。
今日ふと気がついた。それは「時間を無駄にしないことだけを重視していた」からだ。本来の教えは「隙間時間にやるべき事をやる、仕事をためない、興味のあることをやる」であった。だが私は途中から「時間を無駄にしない」という事しか考えていなかったのだ。本末転倒とはまさにこの事である。目的が変わってしまっていた。時間という莫大な資源を無駄にしてはいけないという焦燥感で、楽観視することや、気を抜くということが出来なくなっていたのだ。そしてやる気の低下を引き起こし、1番時間を無駄にしていた。やっと気づけた。たまには息抜きも必要というのは、茹で上がった脳みそを冷やすためにも必要なのかもしれない。
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知らぬ間に首を絞めている
今も尚締め続けている
自分では気がついていない
いや、自覚はあるのかもしれない
自ら足場を壊し
自立不可能な領域まで来ている
さぁ、ここでどう抗うか、逆らうか
それとも自らの言葉を飲み込むのか
吐き出すにはあまりに多すぎた
情報はいつしか錯乱し
足元を掬われる
吐いた言葉の重さを知らぬ
哀れな愚者に成り下がる
いつか殺しにくるそいつらに
膝を震わせながら
待っている
綺麗にあしらった仮面は
自我の中で装飾されてある
いつか鏡を見たならば
両目は塞がり、塗装は剥がれ落ちている
仮面の下の素顔には
誰も気付かぬままに
今日も定刻の授業に間に合っていない。
モノレールに座り、揺られ、欠伸をする。
書くことは何も無い。ただ何か文章を書こうという気持ちだけはある。
先日までの大雨と打って変わって、今日は憎たらしいほどの快晴。雲を探す方が難しいほどの。
いつものモノレールは心做しかゆったりした速度で目的地に向かっている気がする。とてもゆったり、のそのそと。
今朝の小さな悩みはアイメイクが上手くいかないことだ。腑に落ちない二重ラインに何度も首をかしげてしまった。明日はテープとノリを両方使ってみるとするか。
私が遅刻している授業は「マーケティング」。
割と好きな授業である。
だが午後からの授業は、時間に余裕があると錯覚しいつもより遅く起きる。何度も何度も起床の合図を拒みながら。
何十回目かのスヌーズとの起床攻防を繰り広げ、私がいつも負ける。
いや、予定より大幅に起きるのは遅いし、遅刻もしているから、ある意味私が勝っているのかもしれない。
好きな授業は遅刻してしまうくせに、火曜日の一限にある「英語」には毎回余裕を持って間に合う。なんだか皮肉めいている。
もうすぐ目的地の大学だ。こうやって空いているモノレールの時間は何か書きたいと思う。
それではまた。
聲の形、私はこの作品に出会って様々な感情や想い、人との関わり方、接し方、生き方。それらの数多くのことを学んだ。齢20の浅い歴史ではあるが、人生で一番好きな作品だ。
ヴァイオレットエヴァーガーデン。聲の形に匹敵する、素晴らしい作品であった。ヴァイオレットが人としての自由を得て、人の想いを伝える事を通して数多くの気持ちを感じ、愛してるを感じ取れるようになった。
とてもとても素晴らしい作品だ。
まだ観終えたばかりで言葉の整理もつかないままこの文章を書いている。語彙力が欠如してしまっているのは許して欲しい。
ヴァイオレットが10話で泣き崩れたのはとても衝撃的で、思わずもらい泣きしてしまった。10話に登場する親子の物語。子供ながらに1人になる覚悟ができていたあの娘のセリフ「私が1人になるのを知っている。今だけはお母さんと一緒にいたい」。とても心に響いた。いつでも居るのが当たり前じゃないということを再認識させてくれたこのセリフに心を揺れ動かされた。
11話の「もう誰も死なせない」。たくさん奪ってきたヴァイオレットが、そう呟いた。それは沢山の想いを伝えてきたが故に出てきた本音だろうと。どんな人にも伝えたい想い、大切な誰か、その人を想っている誰かが必ずいることを知ったヴァイオレットの本音である。
12話、13話で全ての想いが溢れ出した。ヴァイオレットが初めて手紙を書いた。「四季がめぐる中で、あなたのいる季節はやってこない」。この切なく哀愁があり、だが確かな想いと甘酸っぱさが漂うこの一文はとても素敵だ。
自動手記人形を通して「愛してる」を知れたヴァイオレット。
私もいくつかの気持ちを知ることが出来た。
とてもいい作品でした。
出会えたことに感謝します。
朝は気怠い。
私は携帯の目覚ましを乱暴に止め、また眠りに落ちる。
そうして定刻の授業に遅れる。
遅刻している時の登校時間は実に有意義だ。焦りも通り越すともはや優雅な気持ちになる。
今の私は実に優雅だ。
今日はとても快晴でモノレールから見える景色は見渡す限りの青空である。春も中盤のこの時期は、日が照っていて少し汗ばむ。
しかし、その汗さえも鬱陶しいとは思わない。
遅刻の優雅なひと時が与えた心の余裕。
駄文を嗜めるのは至福のひとときだ。いくら格好つけても誰からも咎められることは無い。
この駄文を将来の私が読み返した時にどう思うのだろうか。
脳内を整理する目的ですらない今日の文章は全くもってまとまりがなく、内容もない。だがそれが心地いい。
最近は授業の板書以外、まともに文を書いていない。たまにはこうやって取り留めのないことを書くのもいい。
バイトや学校の課題、沢山のやるべき事に追われる日常から少しだけ逃避して。頭を空にして。リラックスできる。
取り留めのない文章は終わり時が分からない。
だからここで終わろうと思う。
いつの日かのモノレールの中より。
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